曲直瀬道策(読み)まなせ どうさく

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「曲直瀬道策」の解説

曲直瀬道策 まなせ-どうさく

1838-1867 幕末医師
天保(てんぽう)9年生まれ。曲直瀬正元(しょうげん)の娘婿となり,亨徳(こうとく)院の号をつぐ。実父山城(京都府)向日(むこう)神社神職六人部是香(むとべ-よしか)に平田派の国学をまなび,諸藩尊攘(そんじょう)派とまじわった。慶応3年5月25日大坂難波(なにわ)新地で新選組に斬殺(ざんさつ)された。30歳。名は是盛。号は翠竹院。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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