有保別府(読み)ありほべつぷ

日本歴史地名大系 「有保別府」の解説

有保別府
ありほべつぷ

別府の成立年代や範囲は不詳であるが、別府八幡宮有帆の中村ありほのなかむらにあることから、この辺りを中心に比定される。

貞治三年(一三六四)一〇月二〇日付の浄名寺知行分目録(「寺社証文」所収浄名寺文書)に「有保別府内高岡崇西寄進(厚東武実)」とあり、有保別府の一部が浄名じようみよう(現宇部市)領として寄進されている。また文明一〇年(一四七八)二月一三日付の氷上山興隆寺文書(「寺社証文」所収)

<資料は省略されています>

とあり、守護大内政弘が別府内の地(朽網弥次郎跡)興隆こうりゆう(現山口市)上宮造営料として寄進し、さらに同年三月一三日付の同文書によれば、大内氏奉行人問田弘綱は長門守護代内藤氏に宛ててこの地の段銭以下諸役の免除を命じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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