有栖川宮威仁(読み)アリスガワノミヤ タケヒト

20世紀日本人名事典 「有栖川宮威仁」の解説

有栖川宮 威仁
アリスガワノミヤ タケヒト

明治・大正期の海軍大将・元帥 有栖川宮第10代。



生年
文久2年1月13日(1862年)

没年
大正2(1913)年7月5日

出生地
京都

別名
幼名=稠宮(サワミヤ),別称=威仁親王(タケヒトシンノウ)

学歴〔年〕
海軍兵学寮,グリニッジ海軍大学校(英国)

経歴
有栖川宮幟仁親王の第四王子。明治7年海軍兵学寮に入り、西南戦争従軍。11年兄・熾仁親王の後嗣として親王宣下。14〜16年英国留学、22〜23年欧米歴訪。その後、葛城高雄などの艦長、横須賀海兵団長などを歴任。日清戦争では松島艦長として従軍。32年東宮輔導となり、36年6月まで皇太子(大正天皇)の教導に当たる。32年中将、37年大将昇進とともに軍事参議官に就任、大正2年元帥となった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

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