服部永谷村(読み)はつとりながたにむら

日本歴史地名大系 「服部永谷村」の解説

服部永谷村
はつとりながたにむら

[現在地名]福山市駅家(えきや)町服部永谷

服部本郷(はつとりほんごう)村の南に位置、服部川が貫流する細長い谷であるため、永谷の地名が起こったものであろう。当地には古墳も多く、古代の服織(はとり)郷(和名抄)の所在地とされる。元和五年(一六一九)の備後国知行帳には「永谷村」とみえ高三一四石余、「寛文朱印留」でも同表記、元禄一三年(一七〇〇)の備前検地帳から服部永谷村(高四三八石余)となる。同郡内に向永谷(むこうながたに)村があり、それとの混同を避けるため服部を冠したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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