木塚村(読み)きづかむら

日本歴史地名大系 「木塚村」の解説

木塚村
きづかむら

[現在地名]久留米市善導寺町木塚ぜんどうじまちきづか

与田よだ村の西に位置する。筑後川は当村・古北ふるきた村地先で北に大きく湾曲し、川岸に「主馬殿土居百拾四間、西大川嶋迄」とある。屋敷地は日田街道の北側にある(上三郡絵図)幕末の筑後川絵図(木村家蔵)によると、筑後川は北に湾曲せず鯰久保なまずくぼから直流するようしん川が開削されており、右岸に木塚村分堤、左岸に刎が描かれる。天正三年(一五七五)一〇月五日写の草野家居屋敷注文(草野文書/久留米市史7 資料編古代・中世)に「木塚 三丁」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む