木守村(読み)きもりむら

日本歴史地名大系 「木守村」の解説

木守村
きもりむら

[現在地名]遠賀町木守

広渡ひろわたり村・今古賀いまこが村の南に位置し、南西別府べふ村、南は下底井野しもそこいの村。集落は本村のほか大曲おおまがり・作出・薦原こもはらはざま(狭間)がある(続風土記拾遺)。慶長八年(一六〇三)に福岡藩初代藩主黒田長政は杉又左衛門に底井野の牟田開田を命じており、この開墾地がのちに当村となったとされる(中間市史)。「続風土記」には、当地は初め大曲という沼で、長政の家臣竹森石見によって開かれたと記されており、あるいは又左衛門が開発の実際を担当し、石見が藩側の責任者であったとも考えられる(中間市史)一村となる以前は底井野(底井野村)のうちで(続風土記拾遺)、分村後は下底井野村の枝郷とされた(続風土記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む