木挽町六丁目(読み)こびきちようろくちようめ

日本歴史地名大系 「木挽町六丁目」の解説

木挽町六丁目
こびきちようろくちようめ

[現在地名]中央区銀座ぎんざ七丁目

木挽町五丁目の南に続く片側町。東は武家地、西は三十間さんじつけん堀。安永三年小間附町鑑によると京間五九間、公役銀を納める。名主松村まつむら町と同じ。当地にあった山村座は寛永一九年(一六四二)小兵衛により創立とも、正保元年(一六四四)岡村長兵衛により創立とも伝え、岡村座とも称したという。長兵衛の養子岡村五郎左衛門は山村長太夫と名を改めた(「江戸名所図会」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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