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木村沙織 きむらさおり

知恵蔵miniの解説

木村沙織

女子バレーボール選手。1986年8月19日生まれ、埼玉県出身。185センチ、東レ・アローズ所属。2003年、高校2年にして全日本代表から強化合宿に招集され、同年9月の「アジア選手権」に出場。04年、アテネ五輪の日本代表となるが、腰痛でほとんど出場機会はなかった。05年、「女子ジュニア世界選手権U-20」で得点王となる。07年、「アジア選手権」で優勝、ベストサーバー賞を獲得。08年には北京五輪に出場、5位に終わる。10年、社会人バレーボール(Vリーグ)で最多得点部門の記録を塗り替え、Vリーグ日本記録賞を受賞。12年8月、五輪での3回目の出場となるロンドン五輪では、エースとして攻守ともに活躍し、日本女子バレボール28年ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得した。

(2012-08-17)

出典 朝日新聞出版知恵蔵miniについて 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

木村沙織 きむら-さおり

1986- 平成時代の女子バレーボール選手。
昭和61年8月19日生まれ。ポジションはウイングスパイカー,身長184cm。小学2年からバレーボールをはじめ,名門の成徳学園中から成徳学園高(現・下北沢成徳高)にすすむ。高校2年の平成15年,全日本代表に選ばれてワールドカップに出場し,「スーパー高校生」として人気をあつめた。17年東レアローズに入団,翌年新人賞を獲得。19年アジア選手権に出場してベストサーバー賞。オリンピックは,高校時代の平成16年アテネ五輪(5位),20年北京五輪(5位)に出場。21-22年シーズン,プレミアリーグ最高殊勲選手賞(MVP)・ベスト6賞(3年連続)。22年世界選手権に出場して銅メダル。23-24年プレミアリーグで5年連続ベスト6賞。24年ロンドン五輪ではエーススパイカーとして全試合にフル出場し,五輪で日本女子バレー28年ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得。同年トルコのワクフバンク・テュルクテレコムへ移籍。26年東レアローズに復帰。埼玉県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

タレントデータバンクの解説

木村 沙織


芸名
木村 沙織

性別
女性

生年月日
1986/08/19

星座
しし座

干支
寅年

血液型
O

出身地
埼玉県

ブログタイトル
木村沙織オフィシャルブログ

ブログURL
http://ameblo.jp/k-saori819/

職種
スポーツ

プロフィール
両親の影響で小学2年生からバレーボールを始め、中学・高校は名門 成徳学園(現・下北沢成徳)に進学。各年代の主要大会で活躍し頭角を現すと、17歳で全日本代表に初招集、同年アジア選手権で代表デビューを果たす。レシーブにも定評があり、セッターとしての潜在能力も見出される中、マルチなプレーに加えアタッカーとしてアテネオリンピック出場に大きく貢献し「スーパー女子高生」として一躍世間にその存在を知られることとなった。2005年に東レ・アローズに入団。常勝集団となったチームにおいて主力メンバーとして活躍するとともに、全日本代表に欠かせない選手として北京、ロンドンとオリンピックにも3大会連続出場。ロンドンオリンピックにおいては、絶対的エースとして日本女子バレーチーム28年ぶりとなるメダル獲得(銅メダル)の原動力となった。2012/13シーズンから、トルコリーグ「ワクフバンク・スポーツクラブ」へ移籍。満を持して海外リーグに挑戦し、トルコカップ・欧州チャンピオンズリーグ・トルコリーグの三冠を達成した。2013年、リオデジャネイロオリンピックを目指す新生「火の鳥NIPPON」においてキャプテンに就任し、同年日本で開催されたワールドグランドチャンピオンズシップでは銅メダルを獲得。さらに、2013/14シーズンをトルコリーグ「ガラタサライ・ダイキン」に移籍。2014年、2年後に控えたリオデジャネイロオリンピックに備え再び日本でプレイすることを決め、2年間の海外挑戦を経て東レアローズに復帰。2014/15シーズンより日本一奪還を目指してV・プレミアリーグのコートに立つ。

代表作品
本『月刊バレーボール「木村沙織のトルコ★バレー奮闘記」』

出典 株式会社タレントデータバンクタレントデータバンクについて 情報

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