木梨庄(読み)きなしのしよう

日本歴史地名大系 「木梨庄」の解説

木梨庄
きなしのしよう

尾道市のうち、旧御調みつぎ郡分の大半を荘域とする。椙原すぎはら保を本貫とした杉原氏が南北朝時代以降本拠地とした。「木無庄」とも記す。建武三年(一三三六)三月四日付足利尊氏袖判宛行状(「御調郡誌」所収)によると杉原信平・為平兄弟の戦功を賞して為平に木梨庄半分地頭職が宛行われ、次いで同年五月二〇日付足利尊氏袖判宛行状(「福山志料」所収)で、信平に本郷ほんごう庄・木梨庄地頭職が与えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む