木野俣村(読み)きのまたむら

日本歴史地名大系 「木野俣村」の解説

木野俣村
きのまたむら

[現在地名]温海町木野俣

小国おぐに川と木野俣川の合流点付近、摩耶まや山の北西にあたり、南は越沢こえさわ村、西は西流する小国川沿いの小国村。木俣村とも記された。小国街道道筋にあたる。出羽開拓の最初の柵、都岐沙羅柵つきさらのきの所在地とも説かれるが定かでない。天正一六年(一五八八)の十五里ヶ原の戦で越後勢庄内侵入の際、地内を通過する武将本庄繁長が銃で狙撃されかけた。そのとき無実の一農夫が犯人とされて犠牲となったことにその妻が憤激し、役所に訴えようとしたが抹殺されたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む