末吉野牧(読み)すえよしのまき

日本歴史地名大系 「末吉野牧」の解説

末吉野牧
すえよしのまき

[現在地名]大隅町中之内

近世、鹿児島藩が置いた馬牧。史料上は末吉野牧場苑などとみえ、所在地によりかじ牧ともいう。元和三年(一六一七)志布志笠祇しぶしかさぎ岳下の烏帽子えぼし野牧(現志布志町)を当地に移転したもの。周囲は「鹿児島県史」では三里二二町余、「三国名勝図会」では五里二〇町余で、その領域は恒吉つねよし坂元さかもと村に及び、同村で福山ふくやま野牧と隣り合っていた。坂元村には両牧の堀、つまり馬が牧外に出るのを防ぐ高さ九尺ほどの土手が相接する所があり、現在も二重堀ふたえぼり地名が残る。牧馬は宝永六年(一七〇九)には五〇〇頭と多かったが、以後はしだいに放牧頭数が減少していったという(鹿児島県史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む