本多康完(読み)ほんだ やすさだ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多康完」の解説

本多康完 ほんだ-やすさだ

1769-1806 江戸時代中期-後期大名
明和6年生まれ。本多忠薫(ただしげ)の長男本多康匡(やすただ)の養子となり,天明2年近江(おうみ)(滋賀県)膳所(ぜぜ)藩主本多家11代。禁裏御所番。藩の騒動「御為筋(おためすじ)一件」が幕府の派遣した本多修理(しゅり)の藩政改革により五十余年ぶりにしずまった。文化3年10月8日死去。38歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む