本多康匡(読み)ほんだ やすただ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多康匡」の解説

本多康匡 ほんだ-やすただ

1757-1782* 江戸時代中期の大名
宝暦7年生まれ。出羽(でわ)鶴岡藩(山形県)藩主酒井忠寄(ただより)の子。異母兄本多康伴(やすとも)の死去により,明和8年近江(おうみ)(滋賀県)膳所(ぜぜ)藩主本多家10代となる。天明元年12月20日死去。25歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む