本多忠鵬(読み)ほんだ ただゆき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠鵬」の解説

本多忠鵬 ほんだ-ただゆき

1857-1896 幕末-明治時代大名
安政4年生まれ。本多忠寛(ただひろ)の長男。慶応3年三河(愛知県)西端(にしはた)藩主本多家2代となる。新政府通達に応じ明治2年農兵を募集し,洋式調練をおこなった。明治29年3月24日死去。40歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む