文芸用語。悲惨小説ともいわれる。日清戦争後の1895-96年(明治28-29)ころ,観念小説とともにおびただしく世に出た人生の暗黒面を描いた小説をいう。死,貧窮,病苦などがもっぱら描かれる。代表的な作家は,広津柳浪で,《黒蜥蜴(くろとかげ)》《亀さん》(以上1895),《今戸心中》《河内屋》(以上1896)など,人生の悲惨を好んでとりあげた。《今戸心中》は名作として名高い。ほかに後藤宙外(1866-1938)の《ありのすさび》(1895),江見水蔭の《女房殺し》(1895),《泥水清水》(1896),北田薄氷(きただうすらい)の《乳母》(1896),徳田秋声の《藪柑子(やぶこうじ)》(1896),小栗風葉の《寝白粉(ねおしろい)》《亀甲鶴》(以上1896)などがあげられる。これらは,社会世相の風俗を表面的にとらえていたにすぎなかった硯友社(けんゆうしや)の小説に対する反動として生まれ,文壇に新風をもたらしたものと当時の批評家には評価された。しかし,作風があまりに暗く,不自然が見られたため,まもなくあきられた。
執筆者:岡 保生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
人生、社会の悲惨、深刻な暗黒面の描写に主眼を置いた小説。「悲惨小説」ともいう。日本近代文学史では、日清(にっしん)戦争後、1895年(明治28)から3、4年間流行したこの種の小説群をさす。すなわち、95年の広津柳浪(りゅうろう)『黒蜥蜴(くろとかげ)』『亀さん』、後藤宙外(ちゅうがい)『ありのすさび』、江見水蔭(すいいん)『女房殺し』など、96年の柳浪『今戸(いまど)心中』『河内(かわち)屋』、北田薄氷(うすらい)『乳母(うば)』、小栗風葉(おぐりふうよう)『亀甲鶴(きっこうづる)』、97年の柳浪『畜生腹』などで、いずれも自殺や情死、絶望的な貧苦による暗澹(あんたん)たる境遇などを描き、写実主義の小説を前代よりも一歩深めたものとみなされた。が、その題材が偏り、人物も不自然に陥ったので、やがて「光明小説」「家庭小説」にとってかわられた。
[岡 保生]
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