本庄上村(読み)ほんじようあげむら

日本歴史地名大系 「本庄上村」の解説

本庄上村
ほんじようあげむら

[現在地名]伊根町字本庄上

本庄宇治ほんじよううじ村の南に位置し、集落は丹後半島一周道路に沿う。寛文九年(一六六九)永井尚征が入部して本庄村を細分するまでは本庄村のうちであった。延宝三年郷村帳に四〇三・〇八石とあるが、延宝九年(一六八一)の延高で六〇一石余となった(天和元年宮津領村高帳)。本庄三ヵ村はもと宮津藩領であったが、本庄上村は延宝八年幕府領、翌年宮津藩領、享保二年(一七一七)幕府領と変遷

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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