本所尾上町(読み)ほんじよおのえちよう

日本歴史地名大系 「本所尾上町」の解説

本所尾上町
ほんじよおのえちよう

[現在地名]墨田区両国(りようごく)一丁目

南本所元(みなみほんじよもと)町の西にあり、西は大川(隅田川)東岸の御石置場、南は大川より竪(たて)川が東に入る口にあたり、北は両国橋東広小路。もとは大川端の明地であったが、元禄七年(一六九四)橋本甚三郎ら三名の拝領町屋となる。東の方一ッ目(ひとつめ)に本所相生(ほんじよあいおい)町があることから、尾上町と名付けられた。同一〇年町内中ほどの入堀が埋立てられて佐野道休の拝領地に、宝永元年(一七〇四)北方の明地が材木方手代六人の拝領地となり、享保一九年(一七三四)には南の方本所橋の古木置場が新規町屋となって町域に加えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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