南本所元町(読み)みなみほんじよもとまち

日本歴史地名大系 「南本所元町」の解説

南本所元町
みなみほんじよもとまち

[現在地名]墨田区両国(りようごく)一丁目

両国橋東畔、両国東広小路の東側にある。東は本所相生(ほんじよあいおい)町一丁目・南本所大徳院(みなみほんじよだいとくいん)門前・回向(えこう)院、西は本所尾上(ほんじよおのえ)町、南は竪(たて)川入口境本所御石置場。南本所村の内に立てられた町屋で、町並年貢諸役等を勤めた最初の町屋であったことから元町と称した。だが万治二年(一六五九)本所が取立てられ、寛文四年(一六六四)竪川通が江戸町屋となった際、江戸町続きの当町も町奉行支配となった。貞享元年(一六八四)に竪川通町屋が上地となると、当町は元来年貢地町屋であったことから代官支配に復し、元禄一六年(一七〇三)願出て永代家作御免の町屋となった。正徳三年(一七一三)には町奉行支配となったが地方は代官支配であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む