本鍛冶屋町(読み)もとかじやまち

日本歴史地名大系 「本鍛冶屋町」の解説

本鍛冶屋町
もとかじやまち

[現在地名]長崎市万屋町よろずやまち

榎津えのきづ町の南西中島なかしま川左岸にある長崎そと町の一ヵ町で、船手に属した。本鍛冶町ともいう。慶長一九年(一六一四)当地にあったサン・アウグスチノ教会堂(一六一一年建立)は幕府派遣の山口直友が平戸・大村両藩の士卒を動員して破却したという(長崎志)跡地に教会跡の碑が建つ。はじめ元川口もとかわぐちまたは高麗こうらい町と称したが、鍛冶職人の集住に伴い鍛冶屋町と改めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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