朱執信(読み)しゅしっしん(その他表記)Zhū Zhí xìn

改訂新版 世界大百科事典 「朱執信」の意味・わかりやすい解説

朱執信 (しゅしっしん)
Zhū Zhí xìn
生没年:1885-1920

中国の革命家。広東省広州の人。原名は大符。1904年(光緒30)日本に留学,法政大学に学び,翌年の中国同盟会創設に参加した。《民報誌上の革命宣伝に従事するとともに,会党工作等の武装闘争でも活躍した。辛亥革命後も中華革命党,中国国民党と一貫して孫文に従い,20年,反乱軍に請われて調停に赴き,誤って殺された。訃に接した孫文が〈革命の聖人〉を失ったと悼んだことからもうかがえるように,その死は国民党にとって痛手であった。なお朱執信は,《共産党宣言》の一部分を中国に最初に紹介した人物でもあった。
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関連語 狭間

367日誕生日大事典 「朱執信」の解説

朱 執信 (しゅ しっしん)

生年月日:1885年10月12日
中国の革命家
1920年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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