民報(読み)みんぽう(英語表記)Min pao

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

民報
みんぽう
Min pao

中国,清末の革命団体である中国革命同盟会の機関誌。月刊雑誌で,創刊号 (1905.11.) から 24号 (08.10.) まで東京で発行され,日本政府に発禁処分に付されたあと,25,26号 (10.2.) が秘密出版された。張継章炳麟らが主筆をつとめて清朝打倒,共和国家樹立の革命論を吹し,立憲君主制を主張する梁啓超ら『新民叢報』と論戦を行なった。日本留学生や海外華僑に愛読され,中国へも盛んに密輸されて革命思想の普及に大きな貢献をした。

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世界大百科事典 第2版の解説

みんぽう【民報】

第2次大戦後,東京で最初に創刊された夕刊紙。松本重治,長島又男,栗林農夫(たみお)(一石路)らによって1945年11月30日発刊,民主主義革命のための政治新聞としての性格をもち,その社説はむしろ海外で注目された。物資欠乏の下,当局による用紙割当ては5万部,のち6万5000部であった。経営不振のため47年8月1日付けから《東京民報》と改題,一般紙となり,48年11月30日付けをもって廃刊した。【新井 直之】

みんぽう【民報 Mín bào】

中国,近代の革命団体である中国同盟会の機関誌。華興会宋教仁が主宰していた《二十世紀之支那》(1905年6月創刊,2号まで)を継承したもので,1905年11月に日本で創刊,編集所は東京市牛込区(,新宿区)新小川町においた。当初月刊であったが,のち不定期刊となり,08年に24号を刊行したのち,日本政府の弾圧によって停刊となった。胡漢民,張継,陶成章,章炳麟,汪精衛等が編集長をつとめ,革命理論の宣伝にきわめて重要な役割を果たした。

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精選版 日本国語大辞典の解説

みん‐ぽう【民報】

〘名〙 民間の新聞。地名などを冠して新聞の名に用いられることが多い。
※風俗画報‐八四号(1895)漢城迺残夢「旬報は官報なり、官報は民報の日々随聞随録するものと同一ならず」

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

民報
みんぽう

1905年11月から10年10月まで発行された,中国同盟会の月刊機関誌
東京で発刊。章炳麟 (しようへいりん) を中心に胡漢民 (こかんみん) らが執筆。発刊の辞で孫文が三民主義を説く。革命派言論誌の最高峰として留学生・華僑に広く読まれた。

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世界大百科事典内の民報の言及

【中国同盟会】より

…綱領は〈駆除韃虜,復中華,創立民国,平均地権〉(四綱)で,別の言い方では民族・民権・民生の三大主義である(のちに三民主義とよばれる)。機関誌は《民報》(1905年11月~10年2月),最初,孫文の弟子の汪兆銘,胡漢民,朱執信らが健筆をふるった。反満共和のするどい主張は,ながらく進歩的言論界を牛耳ってきた《新民叢報》に代表される改良主義の論調を圧倒した。…

【張継】より

…1900年早稲田大学に留学し,この間,下田歌子らと興亜会を組織したり,留学生会館の総幹事をつとめた。05年中国同盟会に加入し《民報》主編となり,08年パリで《新世紀》を発刊。辛亥革命で帰国し,13年参議院議長,第二革命後日本に亡命した。…

※「民報」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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