杉窪村(読み)すぎくぼむら

日本歴史地名大系 「杉窪村」の解説

杉窪村
すぎくぼむら

[現在地名]海老名市杉久保すぎくぼ

東は吉岡よしおか(現綾瀬市)、西は上河内かみこうち村・今里いまさと村、南は本郷ほんごう村、北は下大谷しもおおや村と接する。中世恩馬おんま郷に属した。「風土記稿」によれば、上河内村中河内村とともに本郷村から分村してできた村である。近世は、初め幕府直轄領と旗本太田領の相給であったが、幕府直轄領は寛文八年(一六六八)から天和二年(一六八二)の間上野前橋藩領、以後元禄一〇年(一六九七)まで幕府直轄領になるが、元禄一〇年旗本神尾領となり幕末に及んだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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