朝日日本歴史人物事典 「村上範致」の解説
村上範致
生年:文化5.7.11(1808.9.1)
幕末の洋式兵学者,造船家。三河(愛知県)田原藩士。通称は定平のち財右衛門,清谷と号した。壮年期には撃剣に志をもち斎藤弥九郎の門に入ったが,同藩の先覚者渡辺崋山や鈴木春山 の推挙によって長崎に赴き,高島秋帆 の下で洋式兵学を学ぶ。帰国後は野戦砲を製作して藩士たちに洋式の砲術や調練を教導した。その令名を慕って大垣,宇和島,西条,水戸,刈谷,岡崎,加賀などの諸藩から教えを請うものが多く,安政3(1856)年には伊豆国戸田より船大工を招致してスクナー型帆船「順応丸」を建造した。
(所荘吉)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報