来島長親(読み)くるしま ながちか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「来島長親」の解説

来島長親 くるしま-ながちか

1582-1612 織豊-江戸時代前期の武将,大名
天正(てんしょう)10年生まれ。来島通総(みちふさ)の子。伊予(いよ)(愛媛県)来島城主。関ケ原戦い西軍に属して敗れ,家臣は離散する。妻の伯父福島正則らの取り成しでゆるされ,豊後(ぶんご)(大分県)森藩主来島家初代となった。1万4000石。慶長17年3月25日死去。31歳。初名は康親(やすちか)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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