東七箇村(読み)ひがししちかそん

日本歴史地名大系 「東七箇村」の解説

東七箇村
ひがししちかそん

[現在地名]満濃町神野(かんの)

現満濃町の南東部を占め、満濃池周辺の山地と池尻(いけじり)・三田(さんだ)・岡(おか)・葦谷(あしたに)・神野山に分れている。池の南部の五毛(ごもう)神社跡地は弥生時代の遺跡で、池地の北岸には多くの古墳や須恵器の窯跡があったが、現在はともに水没している。弘仁一二年(八二一)空海によって修築された満濃池は、元暦元年(一一八四)に大破して復旧せず、池地は万乃池(嘉元四年「昭慶門院領目録案」竹内文平氏旧蔵文書)、池内村(寛永三年「満濃池図」矢原家蔵、高三〇〇石)などとよばれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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