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満濃池 まんのういけ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

満濃池
まんのういけ

香川県南部,まんのう町にある日本最大のため池。周囲 19.7km,面積 1.4km2,最深 31m,有効貯水量 1540万m3,灌漑面積 3680ha。大宝年間 (701~704) に干魃を防ぐため,洪積層の浸食谷をせき止めてつくった池で,弘仁 12 (821) 年空海が修築したと伝えられる。

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デジタル大辞泉の解説

まんのう‐いけ【満濃池】

香川県仲多度郡まんのう町にある農業用の溜(た)め池。大宝年間(701~704)に築造され、弘仁12年(821)に空海が修築。周囲約20キロ。

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百科事典マイペディアの解説

満濃池【まんのういけ】

香川県まんのう町にある人工池。面積1.4km2。最深31m,貯水量1540万m3。丸亀平野46km2を灌漑(かんがい)。大宝年間(701年―704年)の築造と伝え,その後,空海らにより数回修築され,1959年には大修築が完成。
→関連項目溜池満濃[町]

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デジタル大辞泉プラスの解説

満濃池(まんのういけ)

香川県仲多度郡まんのう町の金倉川水系金倉川にある満濃池ダムのダム湖。もとは大宝年間に讃岐国の国守、道守朝臣により造成された溜池で、弘法大師(空海)が築池別当として改修を担当したことでも知られる。2005年、財団法人水源地環境センターによりダム湖百選に選定。

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世界大百科事典 第2版の解説

まんのういけ【満濃池】

香川県の中部,丸亀平野南部の金倉川上流にある溜池。仲多度郡満濃町に属する。この地方は古くから日照りの害が深刻で,現在までに約2万もの溜池がつくられてきた。その中で最大のものが満濃池で,農業用溜池としては日本最大である。堤長155m,堤高32m,満水時面積1.4km2,有効貯水量1540万t。6月中旬から9月にかけて放水され,丸亀平野4600haの水田を灌漑している。補助水源として土器川上流と財田(さいた)川上流からそれぞれトンネルで分水している。

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大辞林 第三版の解説

まんのういけ【満濃池】

香川県まんのう町にある灌漑用の溜め池。大宝年間(701~704)創設。821年、空海が修築。1959年(昭和34)大改修を完了。面積1.4平方キロメートル。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

満濃池
まんのういけ

香川県中南部、仲多度(なかたど)郡まんのう町にある溜池(ためいけ)。大宝(たいほう)年間(701~704)に讃岐(さぬき)国司道守朝臣(みちもりのあそん)が築いたという。その後決壊を繰り返し、空海(弘法(こうぼう)大師)が築池別当として派遣され821年(弘仁12)修築した。しかしその後も破堤を繰り返し、鎌倉時代から江戸初期までは放置され、池の中に村落ができたという。1628年(寛永5)高松藩主生駒高俊(いこまたかとし)のとき、津藩から招かれた西島八兵衛(はちべえ)が満濃池を再築した。その後数回のかさ上げ工事を行い、1959年(昭和34)には湛水(たんすい)面積138.5ヘクタール、貯水量1540万立方メートル、周囲約21キロメートルの大溜池となった。現在は隣接する土器(どき)川、財田(さいた)川より導水し、不足する水源を補っている。1998年(平成10)には、満濃池の北東岸丘陵地に国営公園の讃岐まんのう公園が開園した。[新見 治]

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世界大百科事典内の満濃池の言及

【池守】より

…近世になると大きな溜池には特定の家が池守に世襲的に任命されることが一般化した。たとえば,讃岐の満濃池は近世初頭に再興されたが,それに協力した土豪の矢原氏が代々池守となり,池守給を支給されていた。河内の狭山池では,近世初期の再興に下奉行として派遣された田中氏が,工事完了後現地に残されて池守に任命され,近世を通じて世襲した。…

【溜池】より

…このように地方官の努力によって修築された池も多く,地方民の頑迷を諭して成就した例も少なくない。空海による満濃池修築(再築)の伝えは著名である。上述の明るい面の反対に,築造をめぐる地方官の怠慢や腐敗を示す事例もいくつか残っている。…

【樋】より

…埋樋は単に池堤の土中に横に伏せるものである。尺八樋は,堤の内側の傾斜に従って斜め(竪)に取り付け,樋に直径10cm内外の穴を数個(例えば満濃池の旧樋は5個),間を隔てて最下部の穴から溜水の最底部までの全水量を流出できるようにしたもので,不使用のときは穴に栓を差し込んでおく。必要に応じて溜水の多いときは最上部の穴から,以下水量の減少とともに漸次下部の栓を開いていく装置で,一時に多量の水を要するときは残らず栓を開く装置である。…

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