東保新村(読み)ひがしぼしんむら

日本歴史地名大系 「東保新村」の解説

東保新村
ひがしぼしんむら

[現在地名]高岡市東保新

芹谷野(せりだにの)段丘の中央西側に位置。東は下山田(しもやまだ)村、北は今泉新(いまいずみしん)村、南西の段丘下が親村の東保村(現砺波市)。寛文三年(一六六三)からの芹谷野新開により開かれ、翌四年の新開高二七二石余、同六年に図免二ツ二歩、半収納となった(「寛文元禄高方旧記抜書」石川家文書)。持高構成は百姓二〇人のうち二〇石以上三人、一〇石未満八人(折橋家文書)。延宝四年(一六七六)の役家数二〇、肝煎は長左衛門(「礪波郡村肝煎給米図り帳」川合家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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