東保条(読み)とうぼじよう

日本歴史地名大系 「東保条」の解説

東保条
とうぼじよう

大和法隆寺領いかるが庄内の六ヵ条の一。現東保を遺称地とする。東北とうほく条ともいう。鵤庄の南東部に位置し、北は平方ひらかた条、南は東南とうなん条、西は西方中条・西方中南条、東は太田おおだ庄と接している(嘉暦四年四月日「鵤庄絵図」法隆寺蔵)。建久四年(一一九三)法隆寺別当範玄は鵤庄東北条を同寺三経さんきよう院学生供料として寄進している(「法隆寺別当次第」範玄僧正項)。建長元年(一二四九)四月一〇日、法隆寺別当(覚遍)は東北条の浮免一町七段を同寺講堂安居供料に寄進した(「法隆寺別当寄進状」法隆寺文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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