東俣村・西俣村(読み)ひがしまたむら・にしまたむら

日本歴史地名大系 「東俣村・西俣村」の解説

東俣村・西俣村
ひがしまたむら・にしまたむら

[現在地名]美山町東俣・南西俣みなみにしまた

羽生はにう川の最上流部にある。中世羽丹生はにう庄の一部か。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では大野郡中に「東俣村 西共ニ」として高五一一・八六六石が記される。正保郷帳によれば東俣村は田方一四二石余・畠方一三三石余、西俣村は田方一二〇石余・畠方一一〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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