東入部村(読み)ひがしいるべむら

日本歴史地名大系 「東入部村」の解説

東入部村
ひがしいるべむら

[現在地名]早良区東入部一―八丁目・東入部・西入部にしいるべ三―四丁目・早良一―五丁目

重留しげどめ村の南西荒平あらひら山西麓に位置する。南は内野うちの村、北西四箇しか村、西は西入部村内野脇山わきやまなど横山よこやま郷諸村を流下してきた小河川は当村南端で一本に合流して入部川となり北西へ流れ、下流では早良川・室見むろみ川となる(続風土記拾遺)。太宰府天満宮領入部庄の遺称地で、近世初頭には西入部村と一括されて入部村とよばれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む