東吉地村(読み)ひがしよしじむら

日本歴史地名大系 「東吉地村」の解説

東吉地村
ひがしよしじむら

[現在地名]三加和町東吉地

西部を和仁わに川が南流し、東は上板楠かみいたくす村、西は吉地村、南は中林なかばやし村と接する。元禄国絵図に「吉地村之内東吉地村」とあり、もとは吉地村に含まれた。近世は南関手永に属する。「国誌」に「打越村稲泉村長浦村切畑村堺村等ノ小村アリ」とある。宝暦(一七五一―六四)頃に造酒屋一がいた(肥後国中寺社御家人名附)。文政五年(一八二二)南関手永略手鑑によると田二三町一反六畝余・畑一六町七反四畝余、竈数一一八・人数四五九、馬七六、質屋一・造酒屋一がいる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む