…これは平安朝以来の伝統を守って,博士家や外記・内記の職に在った人が,公文書の作成のために漢文学を学んでいたものである。そのもっとも顕れた人には東坊城(菅原)秀長があり,その文集を《迎陽(こうよう)文集》(《迎陽記》)という。また《本朝文粋》にならって《本朝文集》も編せられ,公家の作品が集められた。…
※「東坊城秀長」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...