東坊城秀長(読み)ひがしぼうじょう ひでなが

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「東坊城秀長」の解説

東坊城秀長 ひがしぼうじょう-ひでなが

1338-1411 南北朝-室町時代公卿(くぎょう)。
暦応(りゃくおう)元=延元3年生まれ。東坊城長綱長男参議,式部大輔(しきぶのたいふ)となる。正二位。侍読をつとめるなど博識をもって知られ,日記迎陽(こうよう)記」をのこした。応永18年8月6日死去。74歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の東坊城秀長の言及

【漢詩文】より

…これは平安朝以来の伝統を守って,博士家や外記・内記の職に在った人が,公文書の作成のために漢文学を学んでいたものである。そのもっとも顕れた人には東坊城(菅原)秀長があり,その文集を《迎陽(こうよう)文集》(《迎陽記》)という。また《本朝文粋》にならって《本朝文集》も編せられ,公家の作品が集められた。…

※「東坊城秀長」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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