東大嶋村
ひがしおおしまむら
[現在地名]尼崎市大庄北一―五丁目・大庄中通一丁目・大島二―三丁目・大庄川田町・大庄西町二丁目・浜田町二―四丁目
西大嶋村の東に位置し、小字名に三の坪・六の坪など。中世大嶋雀部庄の遺称地。西大嶋村とともに大嶋村と称した。慶長国絵図では東福村とみえ、高四六〇石余。元和三年(一六一七)の摂津一国御改帳に東大嶋村と記され、高三〇五石余。正保郷帳でも同高。領主の変遷は生津村に同じ。元禄一二年(一六九九)の家数三三・人数二〇三、寺一(「尼崎藩瓦林組村々吟味書付帳」岡本家文書)。天明八年(一七八八)には家数二六・人数一二〇、高札、牛一〇、寺一(「巡見使通行用留帳」同文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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