東岩倉町(読み)ひがしいわくらまち

日本歴史地名大系 「東岩倉町」の解説

東岩倉町
ひがしいわくらまち

[現在地名]倉吉市東岩倉町など

江戸期の町人町。天正一〇年(一五八二)吉川元長の攻撃を受けて落城した岩倉城付近の商工業者が倉吉に移住し、岩倉町を形成したと伝える。のち東西に分れたものか。東の上新かみしん(両側町の南側部分)との間を南北に通りが走り、その中央からT字状に西へ延びる通りの両側町。南は東流するたま川を挟んで東部西にし町、西部が武家屋敷地(のちの瀬崎町)に接する。西は西岩倉町、北を上新町からの通りが限る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む