東明館跡(読み)とうめいかんあと

日本歴史地名大系 「東明館跡」の解説

東明館跡
とうめいかんあと

[現在地名]鳥栖市田代大官町

対馬藩校東明館は初め代官所の向い側、上(かみ)町の小路の奥に建てられた。寛政一二年(一八〇〇)のことである。その前身は寛政四年に設けられた稽古所で、領内の地役(代官所諸役)・在町役(大・小庄屋級)の子弟を対象に人材養成が目的であった(基養提要)。

安政二年(一八五五)館舎破損を機会に下(しも)町の上使家裏(北隣)に改建移転した(佐藤恒右衛門毎日記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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