東本山村(読み)ひがしもとやまむら

日本歴史地名大系 「東本山村」の解説

東本山村
ひがしもとやまむら

[現在地名]高松市元山町(もとやまちよう)

山崎(やまさき)村の西、下田井(しもたい)村の北に位置し、高松平野の東寄り、春日(かすが)川中流域東側の平野部に立地。古代の山田郡本山郷(和名抄)の遺称地。嘉慶元年(一三八七)一一月二六日の細川頼有譲状(細川家文書)に「やまたのこほり内ひんかしもとやまきやうふかあと」とみえ、東本山はもと刑部某の所領であったが、和泉半国守護頼有の領有となり、当年頼有から息頼長に譲られた。東本山は、三野(みの)郡の本山(現三豊郡豊中町)と区別するための称と考えられる。応永七年(一四〇〇)二月九日の細川頼長寄進状(同文書)に「奉寄進永源庵領 山田郡十二郷之内本山徳永名」とあり、本山郷内の徳永名が頼長によって、京都建仁(けんにん)寺塔頭永源(えいげん)庵に寄進された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む