東本江村(読み)ひがしほんごうむら

日本歴史地名大系 「東本江村」の解説

東本江村
ひがしほんごうむら

[現在地名]婦中町東本郷ひがしほんごう

神通川中流左岸と井田いだ川中流右岸の間に位置し、すぐ西側を神通川の分流御門みかど川が流れる。北は西本江村、東は田島たじま村。西本江村の枝村という(婦負郡志)新川にいかわ郡に属し、万治三年(一六六〇)以降富山藩領。元和元年(一六一五)検地では先高一八一石余、うち川崩れ分九石余を引いて当高一七二石、免三ツ二歩(「検地打渡状」岡崎家文書)。同七年「西本郷・東本郷・宮ケ島此三ケ村堺目古川筋河原」の新開が命ぜられている(「前田利光印判状」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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