東杉原村(読み)ひがしすぎはらむら

日本歴史地名大系 「東杉原村」の解説

東杉原村
ひがしすぎはらむら

[現在地名]藤橋村東杉原

揖斐川左岸、西杉原村の南にあり、史料上は杉原村ともみえる。南東花房はなぶさ山山麓に枝郷の鬼姫生きびう村がある。慶長郷帳に「杉原村山中之内」とみえ、高九三石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では旗本青木可重領。正保郷帳でも同氏領で、畑九四石余、ほかに綿四〇〇匁(銀二八匁)があった。元禄郷帳でも同氏領。寛政五年(一七九三)の村明細帳(揖斐郡志)では家数二九・人数一八二。明治二年(一八六九)の村明細帳によれば田三七石余・畑五五石余、田三町一反余・畑六町四反余、新田は田三八石余、家数四四・人数一八五、牛五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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