東林寺跡(読み)とうりんじあと

日本歴史地名大系 「東林寺跡」の解説

東林寺跡
とうりんじあと

おうぎ谷浄光明やつじようこうみよう寺の向い側、いずみヶ谷にあったと伝える(鎌倉志)律宗浄光明寺支院開山は浄光明寺開山の真聖国師真阿。観応三年(一三五二)九月二〇日、足利尊氏が当寺住持職および寺領等の安堵状(県史三)を下す。永和四年(一三七八)一二月二七日の石橋禅梁坊地売券(同書)によれば、当寺上にあった坊地を六五貫文で土佐修理亮に売却している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む