東柳町(読み)ひがしやなぎまち

日本歴史地名大系 「東柳町」の解説

東柳町
ひがしやなぎまち

[現在地名]南区稲荷いなり

きよう橋東詰より京橋川に沿って南のやなぎ橋東詰まで延びる町。東は稲荷町。柳の木が多く植えられていたための町名。城下新町組に属した。元和五年広島城下絵図に「柳町」として町間数二町四五間とあり、寛永二年広島町数家数改め(済美録)では同じく「柳町」で本家一〇軒・借家四軒と記す。「知新集」に町間数四丁二一間九歩、竈数一二二(本竈四一・借竈八一)、人数四九五(男二五二・女二四三)、うち大工八人、左官四人、桶屋三人、畳刺指物師・青染各一人の職人のほか、目医師・検校・座頭各一人を記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む