東法成寺村(読み)ひがしほうじようじむら

日本歴史地名大系 「東法成寺村」の解説

東法成寺村
ひがしほうじようじむら

[現在地名]福山市駅家(えきや)町法成寺(ほうじようじ)

西法成寺村の東に位置する。掛迫(かけさこ)・鳥羽(とば)・川西(かわにし)にかけての山麓一帯に弥生式土器を包含する遺跡が点在し、その背後の山地尾根に多数の古墳群がある。とくに掛迫六号墳からは三角縁神獣鏡や玉類が多く出土、五世紀代の首長墓を推定させる。

当村は江戸初期には安那(やすな)郡に属し元和五年(一六一九)の備後国知行帳では高三四三石余、「寛文朱印留」でも同郡に属するが元禄一三年(一七〇〇)の検地時品治(ほんじ)郡とされた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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