法成寺村(読み)ほうじようじむら

日本歴史地名大系 「法成寺村」の解説

法成寺村
ほうじようじむら

[現在地名]西春町法成寺

東を西之保(にしのほ)村、南を北野(きたの)村、西を宇福寺(うぶくじ)村、北を鍛冶(かじ)ヶ一色(いしき)村と接する。この村から南にかけて条里制の遺構が確認されており、村名は徳円(とくえん)寺の旧称法成寺による。文和二年(一三五三)の尾張国諸郷保以下年貢并料足用途注文(醍醐寺文書)にみえる「寺本法城寺」と同一ではなかろうか。寛文一一年(一六七一)には家数六一、男二〇九人・女一八一人(寛文覚書)。「徇行記」によれば、田は二七町九反一畝余、畑は三〇町一畝余で、概高七一三石余は藩士一五人の給知。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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