東石曾根村(読み)ひがしいしぞねむら

日本歴史地名大系 「東石曾根村」の解説

東石曾根村
ひがしいしぞねむら

[現在地名]村松町石曾根(いしぞね)・木越(きごし)

村松城下町の北東、愛宕原(あたごはら)扇状地と早出(はいで)川左岸沿いの自然堤防上に立地。西は西石曾根村、南は矢津(やづ)村、北は木越村(現五泉市)。宮の下(みやのした)・若宮(わかみや)・馬場(ばんば)・熊野堂(くまんどう)・上木越の集落の総称。元和四年(一六一八)、村上藩主堀直寄が当時村松地方の郡奉行であった長瀬小右衛門に送った制札(反町十郎氏蔵)のなかに「宮下村新田三年、やすみに可申付候間、牢人百姓入置耕作可仕候」とあり、三年のあいだ税・諸役を免除し、開墾を奨励している。正保国絵図に高一千二〇〇石余、村松藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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