東花輪村(読み)ひがしはなわむら

日本歴史地名大系 「東花輪村」の解説

東花輪村
ひがしはなわむら

[現在地名]田富町東花輪

笛吹川右岸に位置し、東は一町畑いつちようはた(現玉穂町)、西は西花輪村、北は下三条しもさんじよう(現玉穂町)。南を笛吹川が西流し、鎌田かまた川が笛吹川の堤の後ろを並流する。村の南部を空穂うつぼ川が南西に流れる。戦国期までは西花輪村とともに花輪郷・花輪村といった。天正一〇年(一五八二)頃東・西に分立

慶長六年(一六〇一)の鼻和郷(東花輪村)検地帳(県立図書館蔵)によると、上田八町七反余・中田九町六反余・下田一二町三反余・下々田三町五反余、上畑五町四反余・中畑八町六反余・下畑六町三反余・下々畑五町二反余、桑一二八把、熊蔵荒田三町三反余・同荒畑六反余、屋敷五千三一四坪。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む