日本歴史地名大系 「東蓼沼村」の解説
東蓼沼村
ひがしたてぬまむら
[現在地名]上三川町東蓼沼
鬼怒川流域の低地に開け、西側を
文政一一年(一八二八)の家数六四、うち潰百姓八・水呑三・前地一・寺二(「五人組帳」藤田和泉文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
鬼怒川流域の低地に開け、西側を
文政一一年(一八二八)の家数六四、うち潰百姓八・水呑三・前地一・寺二(「五人組帳」藤田和泉文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...