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結城政勝 ゆうき まさかつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

結城政勝 ゆうき-まさかつ

1504-1559 戦国時代の武将。
永正(えいしょう)元年生まれ。結城政朝(まさとも)の子。下総(しもうさ)結城城(茨城県)城主。弘治(こうじ)2年足利義氏(よしうじ),北条氏康(うじやす)の支援をえて,小田氏治(うじはる)をやぶり領地をひろげた。同年「結城氏新法度」を制定。永禄(えいろく)2年8月1日死去。56歳。通称は三郎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

結城政勝

没年:永禄2.8.1(1559.9.2)
生年:永正1(1504)
戦国時代の武将。下総国結城城(茨城県結城市)城主。政朝の子。通称三郎。左衛門督に任ず。兄とみられる政直との抗争に勝利を収め,結城氏の当主の座を奪取,弟で小山氏の養子となった高朝と同盟し,宇都宮・佐竹・小田氏らに対峙した。弘治2(1556)年夏には古河公方や北条氏康の支援のもとに,小田氏治を撃破して常陸西部へ領土を拡大したが,氏康の介入と結城氏の力量不足のため,中郡,海老島など一部の領土を除くその大半を失った。この年の11月25日,こうした現状を打破して結城氏の権力を強化すべく,家臣団統制に重点を置いた「結城氏新法度」を制定した。後半生は,家督継承時の暗い過去や妻,息子との早い死別などに誘われ,神仏への信仰心を深めて半僧半俗の身となり,仏像を刻み,天神図や自画像を描き続けた。<参考文献>『結城市史』4巻,『小山市史』通史編Ⅰ

(市村高男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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