東豊井村(読み)ひがしとよいむら

日本歴史地名大系 「東豊井村」の解説

東豊井村
ひがしとよいむら

[現在地名]下松市青柳(あおやぎ)一―二丁目・琴平(ことひら)町一―二丁目の各全域、および古川(ふるかわ)町の大部分と旗岡(はたおか)の一部、および大字東豊井

鷲頭(わしず)山の西南麓、笠戸(かさど)湾に面する地に位置し、東南に笠戸島が浮ぶ。西北は西豊井村に接する。徳山藩領に属する。

永正一六年(一五一九)九月一一日付の大内義興宛行状(「閥閲録」所収冷泉五郎家文書)に「都濃郡末武村六拾七石地安富三郎跡、同郡豊井郷内五拾石地波多野雅楽助跡、同所拾五石地倉波又三郎跡等事」を冷泉興豊に充行ったことがみえ、のちの西豊井村域を併せて豊井郷とされていたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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