東黒田新田(読み)ひがしくろだしんでん

日本歴史地名大系 「東黒田新田」の解説

東黒田新田
ひがしくろだしんでん

[現在地名]小山市東黒田

おもい川左岸に位置し、西は西黒田新田。享保一五年(一七三〇)に分村し幕末まで幕府領年貢が賦課されるようになったのは同一六年からで、年貢地八五町九反余に対し取米八石余・取永一四貫余、しだいに増加して宝暦九年(一七五九)には取米四三石・取永二三貫余と最高になるが、農民側の離散を招き、家数・人数は、宝暦二年二一軒・六九人を最高として、文化四年(一八〇七)には一四軒・五八人、天保一〇年(一八三九)には九軒・三六人と減少し、一三軒・六四人とやや増加となるのは安政五年(一八五八)からである(小山市史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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