日本歴史地名大系 「東黒田村」の解説
東黒田村
ひがしくろだむら
天正一五年奥平菊千代(のち梯九蔵)は母の願により在宅を命じられ、名東郡黒田村一〇七石余を与えられた(阿淡年表秘録)。文禄二年(一五九三)閏九月一〇日には名東郡黒田村のうち平左衛門分三〇石が弓之者与五郎に加増された(「蜂須賀家政知行宛行状」徴古雑抄)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
天正一五年奥平菊千代(のち梯九蔵)は母の願により在宅を命じられ、名東郡黒田村一〇七石余を与えられた(阿淡年表秘録)。文禄二年(一五九三)閏九月一〇日には名東郡黒田村のうち平左衛門分三〇石が弓之者与五郎に加増された(「蜂須賀家政知行宛行状」徴古雑抄)。
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