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松原清介 まつばら せいすけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松原清介 まつばら-せいすけ

1691-1712* 江戸時代中期の一揆(いっき)指導者。
元禄(げんろく)4年生まれ。周防(すおう)(山口県)吉敷郡の庄屋の子。宝永7年常田角左衛門とともに,毛利氏の重臣益田家による強制開墾と苛税(かぜい)の実状を萩(はぎ)藩に直訴した。減免の願いはいれられたが,正徳(しょうとく)元年11月26日処刑された。21歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

松原清介

没年:正徳1.11.26(1712.1.4)
生年:元禄4(1691)
長州(萩)藩宝永7(1710)年一揆の指導者。周防国(山口県)吉敷郡長野村の庄屋市六の子。7年12月,長州藩重臣益田家の知行地長野村の農民52人は,税の軽減などを訴え,益田家の萩屋敷に直訴しようとして,山口で代官所役人に止められた。清介は常田角左衛門と共に,発頭人として車連判状の作成に当たり,山口代官所へ訴えたのち,萩で取り調べが行われた。その結果益田氏の悪政がわかり,願いは聞き届けられ,益田家は逼塞,領地替となったが,発頭人のふたりは死罪。清介は21歳,角左衛門は19歳であった。のち義民として祭られ,現在,石仏に戒名を彫った祠堂および二義少年の石碑がある。<参考文献>毛利家文庫「大記録」(『編年 百姓一揆史料集成』2巻)

(三宅紹宣)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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